福岡高等裁判所 昭和40年(く)27号 決定 1965年6月07日
少年 T・H(昭二一・九・一一生)
主文
原決定を取消す。
本件を福岡家庭裁判所に差し戻す。
理由
本件抗告の理由は、抗告人提出の抗告申立書および附添人提出の抗告理由補充書記載のとおりであるからこれらを引用する。
本件記録並びに少年調査記録によれば、原決定理由の前段の事実を認めることができるが、少年は中学高校に在学中は、殆んど欠席せず比較的まじめに勉学を続けていたことが窺われるところ、昭和三七年九月中二回にわたり、同級生○崎○澄と喧嘩して同人に暴行傷害を加えたほか非行歴なく、同三九年八月暑休中バーのバーテン見習をアルバイトとしていたことから、あまり勉学が好きでなかつた少年をして三年一学期で高校中退を決行するにいたらせ、同年九月上阪、和歌山市でキャバレーのボーイを四ヵ月位して同年末帰宅、同四〇年二月初頃から家出して、暴力団関係の疑いのある福岡市○○○町森○徹ら数名の起居する家に身を寄せ、その頃から三月末頃までの間、これら不良徒輩と共謀またはは単独で恐喝、暴行、銃砲刀剣類等所持取締法違反、賍物収得等合計一一件に上る非行を重ね、さらに本件保護事件を犯したことが認められる。これらの事実に徴すると、少年の思考行動に重大な影響を与えたものは、バーやキャバレーで働いているうち不まじめ無軌道的な雰囲気ないし環境に浸つたことであり、さらに学校時代の不良友人と交わるうち暴力団と関係をもつにいたり、前記非行を重ねるにいたつたものであるが、少年がぐれ出してからの期間は短かく、未だその悪性は固定化しているものとは思われず、少年をして不良徒輩との交友を絶ち規律ある境遇の下、常時指導監督する者の手許で勤労に励ませれば、その更生を期待することができるものと思われる。当審で取調べた証人T・M、同T・T子(以上少年の父母)、同○武○夫(○○子の従兄)の証言によれば、少年の父母は今度こそ真剣に少年の更生を希求し、これに努力を傾注すべき旨申しており、○武は福岡市○○○○町で、職工一〇名を使用して自動車整備工場を経営しており、同工場は同人居宅と同一構内にあるので、少年を預かつて常時指導監督にあたり、規律ある生活をさせ、技術を習得させて将来への希望を持たせ、少年を更生させる旨誓つているので、少年を中等少年院に収容、薫育指導することも意義があるけれども、むしろ近親者の手許において更生させることのさらに優ることには及ばないと考えられる。されば少年を中等少年院に送致の決定をした原決定は、相当でないというべきである。
よつて少年法第三三条第二項に則り、原決定を取消した上、本件を原裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 柳原幸雄 裁判官 中倉貞重 裁判官 至勢忠一)
参考一 抗告申立書
少年は少年犯罪としては初犯であり又少年は日頃から陸上自衛隊入隊を希望している折柄万一決定通り中等少年院に送致されるような事となれば反つて少年はやけになり再犯の虞れがあり少年の将来は全く駄目となり自暴自棄となり易いと考えます。
万一何かの都合で入隊ができなかつた場合は少年の母T・T子の従兄に当る○武○雄なる者が福岡市○○○○町にて自動車整備工場を手広く経営している事とて同人が責任を以て少年を使い就職せしむる事に決定しており少年も前非を悔いこの機会に改悛するものと思いますと同時に父親である私しも今後再犯をしないように充分少年を看視指導して行く所存であります。
参考二 抗告理由補充書
原決定はその理由として、少年の生活態度、行状及び保護者の監護能力の欠如を挙げているがいずれも首肯するに足る理由ではなく原決定は著しく不当なものというべきである。すなわち、
(一) 少年は○○中学、高校を通じ、在学中は真面目に学業に励んでおり、非行としては同級生との間のとるに足りない喧嘩沙汰で審判不開始となつたことが一回あるだけにすぎない。ところが、昨年八月、偶々バーテン見習をアルバイトでやつたことが機縁となりそれが必ずしも好学とはいえなかつた少年に退学を決意するに至らしめ、そのバーテン見習は一ヵ月程でやめ、その後家出をして和歌山で四ヵ月程キャバレーのボーイをしていたが、家に帰りたくなつて帰省し、以後一ヵ月程自宅にいたが、今年三月頃から不良交遊を生ずるに至つたのである。
以上の事実からすれば、少年の生活行状を云々する期間は僅か半年間位にすぎず、これを以て少年の非行性の固定化あるいは社会不適応の傾向が極度に進行しているとするのは速断というべきで、少年自身、不良徒輩との交遊を絶ち、従来の生活態度を積極的に変えたいという意欲を有している。
(二) 保護者の監護能力について
少年の家庭は両親共に健在、かつ中流程度の生活を営んでいる。
少年調査記録によれば、結論的には少年の生活環境に負因はないと認められている。そしてそれと共に保護者が「やや放任的」であると指摘せられているが、少年の退学は保護者と相談のうえ直ちにその手続が為されていること、少年の家出は父親が水商売に反対したことに原因すること、少年が自宅に帰つて来てからは保護者が少年のため就職先を探してやつていること、少年が自ままに生活していた期間は非常に短期間であること、保護者が少年の不良交遊の事実を知悉していなかつたこと等を併せ考えると保護者が一慨に放任的であつたとはいえぬと思う。
而して原決定後、保護者は少年に対する指導監督を誓つているので保護者の監護能力を充分に期待し得られる状況にある。
(三) 以上のとおり原決定の理由はすこぶる薄弱であり、且つ本件非行は偶発的な喧嘩にすぎないこと及び少年の近親者が少年の身元を引受けることを確約していることを参酌すると、原決定はいずれにしても著しく不当というべきであるから、これを取消されたく本申立に及ぶ次第である。